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<<   作成日時 : 2007/07/12 23:35   >>

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「若い人は・・・」
そう小さい頃から大人の人が口癖のようにつぶやく。

「こんなことしてると損な気がする。」
そう言ってきた大人の言葉が耳から離れない。

ただ、父はそうは決して言ったりはしなかった。
「楽して善いことは訪れない。」
大変な中に遣り甲斐やその事への楽しみを見出す数少ない大人だった。
母は少し違ってて、いつも叱られてた。

『楽をして生きる』・・・
私が小さい頃から意味が二つはあった気がする。

その目標は「いつか何もしなくても楽に生きれること。」
        「楽しさを見出して生きること。」

いつも思うのだけど、今の年配の人は御呼びじゃないけど
それ以前の使ってた昔の言葉は意味が深いと思われる。
そこに見たままの解釈ではなく
その奥の目に見えないものを正しく生き易くするためのものが多い気がする。

皮肉で使った言葉が、あるときからそれが
昔から言い伝えられていた言葉のように使われていないかな?
そう疑問に思い続けていた。
20歳を過ぎて家族から(父から?)離れた時そう思った。

人の悪口を言ってはいけない。馬鹿にしてはいけない。
廊下や階段は静かに。
一生懸命していることを冷やかすものではない。
ご飯粒を残さず食べること。
テレビに夢中になって どこに食べたかわからない食べ方をするな。
正座して頂く。
物は静かに置く。戸を閉めるのも静かに。
だからといって、そ〜〜〜っととかではない。
バッチ〜〜ン!とかしないというくらいの戒めの言葉。

切がないかな。

180度違うかもしれないそこは生き難かった。
でも、大多数がそれが普通だと言われ知ったとき
どう生きていいか わからないことさえあった。

正座をして食べてれば「座高・・ぶっ!高い〜〜って思ったら正〜座?」
と笑いながら馬鹿にしたような言い方。
「伯母ちゃんが足短くなるから正座はしないほうがいいって〜♪」
・・・
よく見たら誰も正座などしていなかった。
漫画本とテレビを交互に見、ご飯を汚く食べている姿が目に入る。

階段をダガダガ上がったり降りたり。
私が降りてくると「きっ持ち悪い!足音しなくって!」
別にそ〜〜っとそ〜〜っと歩いたわけじゃない。

人の悪口に乗ってしゃべらなければ「つまんないやつ」にされ
人に褒められたり好かれたりすると嫌われるそこは?????の嵐だった。

あるときから「できないやつ」になったし地味にもした。
そして、知らないうちに「見ざる言わざる聞かざる」のさるになった。
何もできない何もしない、ただ生活が成り立てばいいだけに生きた。

暇だったので、人の話を聞いていろいろ思ったものです。
例えば・・「この人はどうして人をさげすんでばかりなんだろう?」
「嫌な事でも今までに一杯あったに違いない。」

数年立てばまた違うように思え
「自分が何か言われる前に言ってしまうタイプ?」
・・・ほんと暇人だった。
「ううん、違うなぁ〜。それとばかり言えない。
だって言われてる人はその通りだったりする。」「正直者なの〜?」
確かに鋭い目である。
鋭敏にとがれたアンテナが捉えるのかもしれない。

数年立てばなた違って見えてくる。
「そっか〜。物事はどれも良い事と思えることにも不都合な悪い事がくっついていて
一見悪い事に思える事にも、なるほど!と思える事が存在する。」
「裏と表、・・・紙一重・・・だろうか。」

数年たって「どっちにしろ何か言いたい奥には
自分への愛や自信が持てないでいるのだろうな・・・」
などと暇人を発揮し退屈をしのいでいた。

「楽に」ってなんだろう?
「若い人は・・・」は永遠に続く口癖?
「損得」の使い方。
「徳」が変えられて、ずるをしてとか一足飛びにとか
何もせずに得ることを憧れていないだろうか?

最近、感心している。
元々の漢字の読みとか意味とかをテレビ番組でやっていること。
どう生きることが素敵なのか生き易いのか紐解いてくれる番組があったり。
自分が模索していたことの整理ができたりする。

時々ずるをしながら素敵を目指すかなぁ〜(^^;
お間抜けや滑稽な振りした報いかな?お間抜けから足が洗えない〜〜(笑)
ま、出来なくっても心綺麗を目指したいな♪

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おはよ〜〜
長々お疲れ様。でもしみじみ読ませていただきました。
私は父と中学生の時別れたので思い出ってあまり無い。
それでも椅子で足を組んで食事したりすると叱られたり、口をぺチャぺチャ云わしたりしていると物が飛んできた。
父の死後母とは二人暮し、決して裕福ではなくあの時代の言葉は悪いけれど「後家」暮らしは近所の方から蔑まれたような言葉も再々聞いたりしました。ある人の心ない一言、それからは「人がどう思うか」なんて思ってビクビク生きてきたけど近頃それは間違っているのではと思い始めました。
ある種の思いやりは別にして自分の意見を述べるというのは必要なのではと感じています。
今まではそれは違うのではと思っても言えない自分がいた。50、ん才にして・・・(笑)
と、いいつつ今大事な事をなかなか言い出せない自分がまだいます。

hiro
2007/07/13 07:28
なんかね、学校の給食費を払わなかったり先生への考えられないようなクレームや仕事場でのサービスなはずが、ただただお客様が横柄な態度になってしまったりワガママになってるのを見ると考えてしまう。

人のそんなのを聞いたり見たりすると、自分はどうかな?って思ったとき、いろいろ見えてくる。

これから折り返しの人生。
少しでも心を綺麗に近づけていきたい。
そうしてこなかった分を。

写真を撮ってて綺麗を見つけてもそう思う。
すぐに忘れちゃうから何度も何度も書いて思い出さなきゃね(^^;

それに公で発言しちゃえば、あれ〜?って思われないように一人で心に思うよりは頑張っちゃうでしょ?

hiroりんも言い出せない大事な事、
いつか・・どこかで・・・。(^^)
のんこ
2007/07/13 23:48

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